第5回 命がけの品質維持
品質制度の難しい話が続いたので、今回は昔話で一服しましょう。
日本とは何かと縁が深いお隣の国の話です。
品質に関しては“コピー製品が当たり前に出回る”“すぐ故障してしまう”といった、ややおおらかな印象がありますが、歴史を見返していくと違う一面もあったようです。
〇〇〇には汗と涙と、命までもがかかっている!?
中国の南京市というと、近年は歴史問題ばかりが取りざたされる印象がありますが、市内中心部にあたる区域を取り囲んで造られた、全長33,676km、世界最大の規模を誇る南京城の城壁の存在は日本では知られていないようです。
この城壁は1366年、明の皇帝・朱元璋(1328-1398)が都を南京に定めた後、全国各地から多くの職人と、工夫としての罪人など、百万人余りが集められ建造されました。市の中核を成すのは、現在「明故宮」と呼ばれている紫金城で、有名な北京の紫金城も南京城を参考にして作られたと言われています。
その南京城城壁の上に博物館があるのですが、そこにはたくさんの「レンガ」が保存・陳列されています。「レンガ?」とお思いかもしれませんが、このレンガこそ、当時の人たちが命がけで品質を追求した製品なのです。全長約34kmの城壁には数億個もの手作りのレンガが使われています。
実はその一つ一つに3名の住所と氏名が刻印されていて、それぞれ製造者、監督、納品責任者であったと考えられています。製造者はわかりますが、他の2名はなにをする人なのでしょうか。
実はこの2名は品質責任者だと言われています。どういうことかというと、レンガを納入する際に一定の品質受け入れ検査(レンガ同士をぶつける強度検査)が行われたそうなのですが、2回その基準に満たないものを納入すると、なんと連帯責任で3名が連座で打ち首になったと言われているのです。中国全土という広大な範囲から多種多様な人々を集めて行われたプロジェクトなので、彼らの統制をとり、一定以上の品質を維持していくための強力な施策が必要だったのでしょう。その最良の方法として採用されたのが「打ち首」だったようです。
現代では考え付かないような品質管理の仕組みとも言えますが、一部の強度不足が勝敗(人命)に関わる重大事項になりうると考えた当時の建設責任者の知見も、注目に値するのではないでしょうか。
安心安全は二の次でヨシ?
日本の鉄骨CADソフトを中国で販売したいという会社の手伝いをしたことがあります。
中国でソフトの流通窓口を行なっている企業家を紹介し、日本の建設用鉄骨CADがいかに安全性に考慮して設計されているかをプレゼンしたのですが、その時の中国側の担当者のコメントは今でも覚えています。
「日本のCADを使うと建設コストがかかりすぎます。地震があって崩壊しても、また建設し直したほうがコストは安く済み、建物も新しくなりますよね」
品質へのこだわりを手放さず
これを言われたときは、さすがというか、人命を大切にする思想や配慮よりも、あくまでも経済性を追求する姿勢に、私も少し面食らってしまいました。品質に対する考え方が時代背景でこんなにも違うことには驚きです。
日本では、人命に関わる自動車や航空関係、医療、建設等に関しては、ソフトウェアも第三者の視点で検査することが制度として確立することが望ましいと言われています。安心・安全なIT社会の実現には、“命がけ”ではないですが、そのくらい本気で取り組む姿勢が必要不可欠であると私は思います。